白井恭弘 第3代会長からの挨拶

言語科学会は、1999年に、第一回大会を開催し、2008年で第10回大会を迎えました。この間、試行錯誤を重ねながら、日本の、そして世界の言語科学において、独自の地位を確立するところまで来たと思います。いままでの基調講演では、以下のような海外からの研究者を招待しています。(右は開催地)

1999 Brian MacWhinney (Carnegie Mellon University) 上智大学
2000 Michael Tomasello (Max Plank Institute for Evolutionary Anthropology) コープイン京都
2001 William O’Grady (University of Hawaii at Manoa) 日本女子大学
2002 Andrew Radford (University of Essex) 日本女子大学
2003 Catherine Snow (Harvard University) 神戸大学
2004 Bonnie Schwartz (University of Hawaii at Manoa) 愛知淑徳大学
2005 Dan Slobin (University of California at Berkeley) 上智大学
2006 Fred Genesee (McGill University) 国際基督教大学
2007 Andrea Moro (San Raffaele) 宮城学院女子大学
2008 Bernard Comrie (Max Plank Institute for Evolutionary Anthropology) 静岡県立大学
2009 Roberta Golinkoff (University of Delaware) 東京電機大学(注)

分野別にみると、第一言語習得が多いですが、第二言語習得、バイリンガリズム、言語類型論などの研究者もいますし、また心理学者、言語学者が半々、さらに言語学的アプローチでは生成系、機能主義系を含め、多様な顔ぶれになっています。実際に学会で発表される論文も、言語学、心理学、会話分析、脳科学など、多様な分野からの言語科学へのアプローチがみられます。このことは本会のめざす、「学際性」を反映していると自負しています。言語に関わる複雑な現象を理解するためには、様々な領域からの接近が必要になることは言を待たず、その場を確保することが本会の目的のひとつとなっています。
もうひとつ本会の目指す特長は「国際性」です。既存の日本の学会の多くは国内研究者の発表の場として、また海外の著名学者の招待講演を聞く場として機能している場合が多いようで、もちろんそれも重要なのですが、本会ではさらに、年次大会を言語科学研究に関する国際的な発表、議論の場としてとらえ、双方向的な国際的学会を目指しています。この10年である程度この目的は達成され、例えば2008年の大会では海外からの応募が、所属でも国籍でも全体のほぼ4割となり、実際の論文の発表者の所属も、アメリカ、香港、台湾、韓国、ドイツ、カナダなど多岐にわたっています。さらに、英語による発表での応募が日本語での発表のほぼ2倍となっています。この「国際性」を保つために、本会では日英バイリンガルポリシーを掲げ、日本語がわからない会員、参加者にも会の活動が実りのあるものになるよう、様々な工夫をしてきました。そのひとつとして、大会発表論文にもとづく英語による査読論文集 Studies in Language Sciencesを第一回から発行し、第2号からはくろしお出版より発行を続けています。この論文集の査読においては、国内外を問わずその分野のトップの専門家に依頼し、論文の質の確保を保ってきました。
今後の課題としては、バイリンガルポリシーを掲げているにも関わらず、現在会員が日本語による論文を出版する媒体がない、という現状をあらためることがあげられるでしょう。この点について、現在編集委員会を中心に検討をすすめています。また、学会で発表されている論文が量的研究に限られている傾向があるので、人類学など、質的研究をすすめる研究者にも参加をよびかけたいと思っています。(個人的にはエスノメソドロジーなどの研究者を基調講演に呼べないかと考えています。)言語科学会は、言語現象に関する科学的研究をすべて受け入れています。最初の10年間である程度の成果はあがりましたが、次の10年間でさらなる発展をとげられるよう、会員のみなさん、また未会員のみなさんにも、協力をよろしくお願いいたします。

2008年11月26日
ピッツバーグ大学言語学科教授
第3代 言語科学会会長
白井恭弘

(注)基調講演者・開催地ともに予定