小林春美 第4代会長からの挨拶

言語科学会会長挨拶

言語は人間が手に入れた最も重要なコミュニケーション手段であり、また思考の道具でもあります。人が重要と思う人間自身や環境の側面は必ず何らかの言語というラベルを与えられ、他者にそれについて伝え、また自らもそれを用いて思考を巡らせ、社会の構築、無数の伝承や著作、研究開発等々が行われてきました。言語とは、非言語情報をも含め、人間の思考と行動のあり方を示すものであり、人間の本質そのものと言えます。言語を研究するとは、すなわち人間を理解することです。言語科学会はその会則に、言語の理論的・実証的研究をとおして、言語科学の発展に資するとともに、人間理解に貢献することを目的とする、と定めています。言語科学会ではこの目的を達成するため、あらゆる科学的な言語に関わる研究を受入れ、推進しています。分野はしたがって第一言語獲得と心理言語学(音声、語彙、文法、語用)、第二言語獲得と外国語教育、言語理論(音韻論、形態論、統語論)、自然言語処理、認知言語学、脳科学、バイリンガリズム、社会言語学、談話研究、言語哲学、手話研究、その他広範囲に及びます。

言語科学会は、1999年に大嶋百合子を会長とし、JCHAT言語科学研究会として発足しました。JCHATと冠されているのは、言語獲得データの国際的な共有システムであるCHILDES(Child Language Data Exchange System)に日本語のデータベースと分析システムを構築することを目的として始められたJCHATプロジェクトのメンバーが中心となって発足した研究会だったからです。この研究会はまもなくCHILDESとは独立したあらゆる言語科学研究をも推進する学会へと成長し、続く大津由紀雄会長のときに第三回年次大会において、言語科学会へと名称変更を行い学会として確立しました。

本学会は第3代の白井恭弘 前会長の統括のもと、学会としてさらに3つの重要な進展がありました。1つ目は2010年11月に
日本学術会議協力学術研究団体の指定を受けたことです。日本学術会議はわが国の人文・社会科学、自然科学全分野の科学者の意見をまとめ、国内外に対して発信する日本の代表機関です。その協力学術研究団体となったことは、日本の学術研究の向上発展を目的とした、研究者の自主的な集まりであることが公に認められ、すなわち学会として公的にも確立したことを意味します。2つ目は、上記とほぼ同時期の2010年8月に27を数える学会が所属する言語系学会連合(The United Associations of Language Studies, UALS)が発足し、本学会も加盟したことです。これにより大会の情報などを言語系諸学会で広く共有できるとともに、学会運営等の情報共有による会の発展が期待されます。3つ目はStudies in Language Sciences (SLS)が本学会のジャーナルとして正式に確立したことです(ジャーナル名Studies in Language Sciences: The Journal of the Japanese Society for Language Sciences)。これまでSLSは年次大会における基調講演、招待シンポジウムと、口頭発表に選ばれた論文からさらにセレクトされた論文を掲載するプロシーディングスという形をとっていました。査読は内外トップの研究者に行っていただき、厳正な審査のもと質の高い論文集となっていました。ジャーナル化することで、厳密な審査方法は受け継ぎながら、大会参加者以外の一般の幅広い研究者にも自由な投稿を促し、より質の高い論文発表の場とすることを目指しています。

こうした学会としての形を強化する一方、大会運営でも歴代の大会実行委員長を中心に、大きな努力が払われてきました。第一回年次国際大会から昨年の大会までにおける海外から招聘した基調講演者は次のとおりです。Brian MacWhinney, Michael Tomasello, Andrew Radford, William O’Grady, Catherine E. Snow, Bonnie Schwartz, Dan I. Slobin, Fred Genesee, Florian Coulmas, Andrea Moro, Bernard Comrie, Roberta Golinkoff, Jack Bilmes, Niko Besnier, Niels Schiller, Colin Phillips, James McClelland. このように多様でかつきわめて著名な講演者を招聘してきたことがわかります。大会は国際会議の体裁で行うため、英語を使用しての発表が多数ですが、日本語による発表も可能であり、実際に行われています。大会運営では英語・日本語のbilingual policyを取ることにより、日本語を解さない人でも、プログラムや概要を理解でき安心して参加できるよう努めています。

以上のように、学会として目指すべき方向に着々と進んで来ている言語科学会ですが、課題はあります。第一に、会員数がやや伸び悩んでいるということです。特に心理学系の会員があまり多くありません。私は心理学分野の人間ということもあり、言語科学への心理学からの貢献も、言語学や他の領域と同様極めて大事だと考えています。心理学系特に実験心理学系の言語研究者は、一般に仮説検証型の実験研究をよく行います。実験によるアプローチは、言語教育、脳科学など関連する領域ともなじみがよく、実証的科学研究としての言語科学のアプローチの一つとして、実験系の研究者が増えることが期待されます。第二に、社会へのアピールと発信をいっそう推進する必要があります。学会は研究者が人類の知的探求を行うという目標を達成するために集まるものではありますが、同時に社会的な貢献を行うことも考慮に入れる必要があります。日本学術振興会の競争的資金など科学研究費の獲得は研究者にとって重要な問題ですが、その際必ず社会への貢献や発信ということのアピールが求められます。言語科学研究を通して私たちは人間理解の視点に加え、具体的な情報を他の研究・実践分野に発信し、情報交換することが必要です。言語科学の知見を障害児教育の研究者・教育者や、介護支援等のロボット研究者に提供することは、そうした活動の一端となるでしょう。さらには言語の起源・進化の研究のような、言語学、生物学、心理学、動物行動学、ロボット工学、コンピュータ・シミュレーションなどに跨がる学際的な新領域にも知見を提出することができると考えられます。
会員の皆さん、今後会員となることを考えていらっしゃる皆さん、言語科学の新たな地平を一緒に歩いていきましょう。

言語科学会会長 小林春美