第5回 HiSoPra*研究会(歴史社会言語学・歴史語用論研究会)
HiSoPra* : HIstorical SOciolinguistics and PRAgmatics
今回のHisoPra*研究会では、第5回の記念の企画として
「(歴史)語用論・(歴史)社会言語学研究の基盤としての
「話しことば」研究」というシンポジウムを開催します。(なお、従来行っていた個人の研究発表は今回は行いません。)
今回は、米国・カナダで話しことば研究の観点からの文法研究を牽引してきた大野剛氏(アルバータ大学、カナダ)と、認知言語学研究に社会言語学のバリエーション研究を反映させることの重要性を提唱されている渋谷良方氏(金沢大学)をお招きし、それぞれ「話しことば研究」「認知言語学における“social turn”」の観点から、ご自身の研究・知見をご紹介いただき、(言語学的)談話分析と歴史語用論を専門とされている小野寺典子氏に指定討論者をお願いし、歴史語用論、歴史社会言語学分野が今後これらの分野の研究成果をどのように反映していくかを考えていきたいと思います。多数の方のご参加をお待ちしております。
日時:2022年3月11日(金)13:30~16:30
開催方法:Zoomによるオンライン開催
参加費:不要
問い合わせ:horieling <AT> gmail.com
研究会にご参加くださる方は事前申し込みをお願いいたします。
下記ページGoogleフォームより必要事項を記載してください。
締め切りは3月7日(月)です。
https://forms.gle/epZpFob4SvY5cLc59
必要事項:メールアドレス,研究会出欠,お名前,ご所属,ご専門(領域)
シンポジウム:(歴史)語用論・(歴史)社会言語学研究の基盤としての「話しことば」研究
日時:2022年3月11日(金)
司会:堀江薫(名古屋大学)
13:30-13:35 趣旨説明(堀江薫・企画者、名古屋大学j)
13:35-14:35 発表1: 大野剛(アルバータ大学、カナダ)
「日常会話から日本語を眺めてみよう」
14:35-14:45 質疑応答
14:45-15:25 発表2: 渋谷良方(金沢大学)
「認知言語学と歴史社会言語学と歴史語用論の接点 — 認知言語学の
社会的転回が通時的言語研究にもたらすもの」
15:25-15:35 質疑応答
15:35-15:45 休憩
15:45-16:05 指定討論(小野寺典子・共同企画者、青山学院大学)
16:05-16:30 全体討論
16:40-18:00 懇親会(Zoom)
[シンポジウム概要]
歴史語用論・歴史社会言語学にとって、「話しことば」データの収集は大きな挑戦課題です。近年でこそ話しことばのコーパスの整備が進展し、話しことばの音声データ、さらには会話場面の画像データも利用できるようになってきています(例:Spoken English Corpus, 日本語話しことばコーパス(CSJ)、日本語日常会話コーパス(CEJC))が、音声・画像データが整備されていない過去の時代においては筆写された口語資料(例:口語資料、議事録)やSPレコードなど様々なデータを駆使する必要があります(松田2008, 柳田2012, 金澤・矢島2014, 相澤・金澤2016)。
「話しことば」の重要性は、構造主義言語学以来の言語学研究、日本語学における三尾砂(三尾1942)の文法研究などにおいてつとに認識されてきました。Chafeらの先駆的研究以来、「話しことば」が「書きことば」と様々な点において異なる体系であることが広く理解されるようになりました(Chafe and Tannen 1987)が、「話しことば」を研究する際にも「書きことば」をモデルとしてしまう根強い「書きことば」バイアス(“written language bias”)(Linell 2005)の存在も指摘されてきました。一方で、話しことばと書きことばの境界は決して不連続ではなく(Biber 1988)、現代ではインターネットの発達とともに「打ち言葉」のような話しことば性を顕著に有する書きことばも現れてきています(石黒・橋本2019, 今野2021)。
自然発生の「話しことば」を理論的にも方法論的にも言語研究の中核に据える研究分野には談話・機能主義言語学(Discourse-Functional Linguistics)(Givón 1979, 2005, 堀江2004)、相互行為言語学(Interactional Linguistics)(Ochs, Schegloff, and Thompson 1996, Couper-Kuhlen and Selting 2018)、(言語学的)談話分析(Schiffrin 1987, 1994, Maynard 1993, Onodera 2004他多数)、相互行為の社会言語学(Gumperz1982, Tannen 1989他)など があります。話しことば研究の中で、「文法」が話しことばからどのように創発されるかを探求するEmergent Grammar (創発的文法)(Hopper 1987)、Discourse and Grammar(談話と文法)(DuBois 2002)、Grammar in Interaction(相互行為における文法) (Thompson 2002)、Multiple-Grammar(多重文法)(岩崎2020)など様々なアプローチが提案されてきました。これらの研究分野は社会学の下位分野である会話分析(Conversational Analysis)とも様々な度合いの近縁性があります。
「話しことば」研究は、動的な文脈(コンテクスト)における自然な言語使用データを重視します。そのようなデータには、言いよどみ、言い誤り、発話の重複などが含まれ、かつて「言語能力(linguistic competence)」と「言語運用(linguistic performance)」の区別を提唱し、言語学研究の対象を前者に限定した生成言語学とは対照的に、母語話者間の社会的属性(年齢、性別、出身地域、階層等)によるバリエーションが反映されています。
歴史語用論、歴史社会言語学は歴史的な資料を扱うという制約の中で、近年の「話しことば」研究の成果、また「母語話者」のバリエーションに関する社会言語学研究の動向をどの程度取り込んでいくことができるのでしょうか?今回は、Discourse and Grammarというアプローチの中で、米国・カナダで話しことば研究の観点からの文法研究を牽引してきた大野剛氏(アルバータ大学、カナダ)と、認知言語学研究に社会言語学のバリエーション研究を反映させることの重要性を提唱されている渋谷良方氏(金沢大学)をお招きし、それぞれ「話しことば研究」「認知言語学における“social turn”」の観点から、ご自身の研究・知見をご紹介いただき、(言語学的)談話分析と歴史語用論を専門とされている小野寺典子氏に指定討論者をお願いし、歴史語用論、歴史社会言語学分野が今後これらの分野の研究成果をどのように反映していくかを考えていきたいと思います。多数の方のご参加をお待ちしております。
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要旨(講演1)
「日常会話から日本語を眺めてみよう」(大野剛, アルバータ大学)
この講演では言語のもっとも基本的な姿であろう「自然に使われている話しことば」の構造・使用を精査し言語を探ろうとする、当たり前とも思えるが言語学の主流であるとは言い難いアプローチについて述べたい。このアプローチは1990年代ごろアメリカ西海岸を中心に盛んになり、この流れは現在日本を含めたアジア、特に西ヨーロッパにおいて大きく広がっている。まず最初に、そのベーシックな考え方について述べ、誤解されがちな点にも言及する。そして実際の言語使用を基盤に日本語を眺めることで分かってくるいくつかの事例を挙げたい。変化・バリエーションを前提とする話しことば研究の立場から歴史語用論・歴史社会言語学との関連性も考えてみたい。
要旨(講演2)
「認知言語学と歴史社会言語学と歴史語用論の接点 — 認知言語学の社会的転回が通時的言語研究にもたらすもの」 (渋谷良方, 金沢大学)
従来の認知言語学では、心や脳の観点からの研究、すなわち話者の頭の中で起こることを説明するための研究が多くなされていた (cf. Cognitive Commitment; Lakoff 1990: 40) 。しかし、言語には話者同士の相互作用という社会的な側面もあり、社会言語学や語用論の視点からのアプローチも必要である (Croft 2009) 。このような認識に基づき、現在の認知言語学では、社会的転回 (social turn; Harder 2010: 3) への関心が高まっている(渋谷 2021) 。認知言語学の社会的転回は様々な効果をもたらす (e.g. 話者の言語知識に関するより現実的な考察; Shibuya 2021) 。本発表では、認知言語学の社会的転回が通時的言語研究にどのような知見を提供するのかについて、歴史社会言語学と歴史語用論との接点に着目して述べる。
参考文献
相澤正夫・金澤裕之(編)(2016)『SP盤演説レコードがひらく日本語研究』ひつじ書房
Biber, Douglas. 1988. Variation across Speech and Writing. Cambridge: Cambridge University Press.
Chafe, Wallace, and Deborah Tannen. 1987. The Relation between Written and Spoken Language. Annual Review of Anthropology, Vol. 16, 383-407.
Couper-Kuhlen, Elizabeth and Margret Selting. 2018. Interactional Linguistics: Studying language in Social Interaction. Cambridge:Cambridge University Press.
Croft, William. 2009. Toward a Social Cognitive Linguistics. In: Vyvyan Evans and Stéphanie Pourcel (eds.), New Directions in Cognitive Linguistics. Amsterdam: John Benjamins, 395-420.
Du Bois, John. 2002. Discourse and Grammar. In: Tomasello (2002).
Givón , Talmy. 1979. On Understanding Grammar. New York: Academic Press.
Givón, Talmy. 2005. Context as Other Minds. The Pragmatics of Sociality, Cognition, and Communication. Amsterdam: John Benjamins.
Gumperz, John J. 1982. Discourse Strategies. Cambridge: Cambridge University Press.
Harder, Peter. 2010. Meaning in Mind and Society: A Functional Contribution to the Social Turn in Cognitive Linguistics. Berlin: Mouton de Gruyter.
Hopper, Paul J. 1997. Emergent Grammar. In: Tomasello, Michael. (ed.) 1998. The New Psychology of Language. Mahwah, New Jersey: Lawrence Erlbaum Associates, 155-175.
堀江薫(2004) 「談話と認知」中村芳久(編)『認知文法論II』大修館書店, 247-278.
石黒圭・橋本行洋(編)(2019)『話し言葉と書き言葉の接点』ひつじ書房
岩崎勝一(2020)「言語知識はどのような形をしているか-個人文法の多重性と統合性-」中山俊秀・大谷直輝編『認知言語学と談話機能言語学の有機的接点:用法基盤モデルに基づく新展開』ひつじ書房
金澤裕之・矢島正浩(編)(2014)『SP盤落語レコードがひらく近代日本語研究』ひつじ書房
今野真二(2021)『うつりゆく日本語をよむ-ことばが壊れる前に-』岩波書店
Lakoff, George. 1990. The invariance hypothesis: Is abstract reason based on image-schemas? Cognitive Linguistics 1: 39-74.
Linell, Per. (2015) The Written Language Bias in Linguistics. Its Nature, Origins, and Transformations. New York: Routledge.
松田謙次郎(編)(2008)『国会議事録を使った日本語研究』ひつじ書房
Maynard, Senko K. 1993. Discourse Modality: Subjectivity, Emotion and Voice in the Japanese Language. Amsterdam: Benjamins.
三尾砂(1942)『話言葉の文法 言葉遣篇』くろしお出版
Ochs, Elinor, Emanuel A. Schegloff, and Sandra A. Thompson (eds.) 1996. Interaction and Grammar.Cambridge: Cambridge University Press.
Onodera, Noriko O. 2004. Japanese Discourse Markers: Synchronic and Diachronic Discourse Analysis. Amsterdam: Benjamins.
Schiffrin, Deborah. 1987. Discourse Markers. Cambridge: Cambridge University Press.
Schiffrin, Deborah. 1994. Approaches to Discourse. Oxford: Blackwell.
渋谷良方(2021)「認知言語学の社会的転回−言語変異と言語変化の問題を中心に」児玉一宏・小山哲春 (編)『認知言語学の最前線−山梨正明教授古希記念論文集』ひつじ書房, 335-360.
Shibuya, Yoshikata. 2021. Rethinking native English speakers’ linguistic knowledge in a social context: Implications for construction grammar research. Paper presented at the JCLA (Japanese Cognitive Linguistics Association) 22 (Workshop: ‘Reconsidering the structure, function, and role of construct-i-con: Toward an empirical study of construction grammar’), September 2021.
Tannen, Deborah. 1989. Talking Voices: Repetition, Dialogue, and Imagery in Conversational Discourse. Cambridge University Press.
Tomasello, Michael. (ed.) 2003. The New Psychology of Language. Vol. 2. Mahwah, New Jersey: Lawrence Erlbaum Associates.
柳田征司(2012)『日本語の歴史3 中世口語資料を読む』武蔵野書院